日本の花粉症の歴史
1935年と1939年
1930年代に2回にわたり空気中の花粉の飛散量の調査が実施され、その結果飛散量は少なくないが、アレルゲンとなる花粉の量は少ないと結論付けられました。
1945年以前
1980年代に実施されたアレルギーの治療経験が長い65歳以上の耳鼻咽喉科医師へのアンケート調査により、患者が花粉症の症状を呈していた時期が1945年以前であったとの回答も僅かながら報告されました。
1948年
アメリカ進駐軍の軍医により、花粉の飛散状況の調査が行われ、日本ではブタクサやイネ科の植物はアレルゲンとして重要ではないと結論付けられた。
この調査報告により、日本の花粉症への研究が遅れたとも云われています。 1960年 日本で初めて花粉症の報告は、荒木英斉医師によるブタクサ花粉症です。
荒木医師は、人へのアレルギー症状を調べるため、ブタクサの花粉エキスを抽出して、患者の皮内反応を調べ、ブタクサによる花粉症を報告しました。
1960年代
この年代に花粉症が正式に認識されました。
花粉症の原因となる植物はブタクサ、カモガヤ、スギ、ヨモギなどでした。
1963年
医師の斎藤洋三は、鼻や目にアレルギー症状を呈する患者を多く診察し花粉症だと認識しました。
1960年後半からおよそ10年は帰化植物であるブタクサによる花粉症が多く報告されました。
1964年
杉田医師、降矢医師によるカモガヤ花粉症の報告されました。 また、堀口申作医師、斎藤洋三医師によるスギ花粉症の報告がされました。
1965年
寺尾医師、信太医師によるイネ科の花粉症の報告 佐藤医師によるイタリアンライグラスの花粉による花粉症の報告がされました。
1967年
我妻医師によるヨモギ花粉症の報告がされました。
1970年代中頃
スギ花粉の飛散が確認され報告されました。
戦後の経済成長に伴った住宅の新築需要の高まりで植林されたスギが成長したため、スギ花粉が飛散し、スギ花粉症の患者が急増しました。
1976年
第1回目のスギ花粉の大飛散が確認されました。
1979年、1982年
この両年にもスギ花粉の大量飛散があり、多くの患者が発症して花粉症として認知されました。
以降、数年おきにスギ花粉の大飛散があり、近年では国民の4人に1人、約3000万人が花粉症でその8割がスギ花粉症と云われています。
2000年
日本アレルギー学会で標準化された抗原が含まれるスギ花粉の抗原エキスが完成しました。
2003年
こまでに報告されている花粉症の抗原は、61種類。
2010年
厚生省の研究成果によると、スギ花粉症に 対する減感作療法で軽症、無症状に収まった患者さんが80%以上おり、そ の高い効果が確認されました。
また、減感作療法を2年間以上続けた後にやめた場合でも、 約70%の患者さんで効果が持続することも確認されています。
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